コラム

デジタル社会こそ、人間の複雑性の理解が求められるー加護野忠男氏インタビュー(1)多様性の理解

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デジタル社会こそ、人間の複雑性の理解が求められる

先日、大手銀行が相次いで人員削減を発表し、ニュースになりました。IT化を進め、人手のかかる仕事を減らしていくというのです。これはリストラではなく、採用数を減らすことで、自然に削減していくという方針です。まさしく第4次産業革命時代の新しい組織人材モデルに向けた取り組みが具体化しはじめてきています。

標準方式で解決できる仕事はITやAIにとって代わられる時代。

こんな時代のマネジメントとは。
このコラムでは、識者のインタビューをご紹介しながら、第4次産業革命時代のマネジメントを考えるヒントをご紹介します。

今回は経営組織論の第一人者、加護野忠男先生にお話しを伺いました。
加護野先生のご指摘は「デジタル社会だからこそ、人間の複雑性への理解が求められる」ということであったかと思います。
人の複雑性について、歴史、哲学、国民性など多岐の視点からお話しをいただきました。

第4次産業革命はビッグデータの時代といわれています。
今までは組織という箱の中で統制の効いた仕事をしていました。しかし、これからはあらゆる情報とモノがつながる時代になっていきます。
そうなると、これまでの枠を超えた発想や取り組みが求められるようになってきます。

仕事そのものにもとめられる質、内容、ゴールも変わってくる、働き方も変わってくる。そうなればマネジメントも変わらざるをえないのではないか、自主管理型組織アドホラクラシーみたいな組織モデルが出てきたのも、こういった背景があるからではないかと思っています。

こんな時代のマネジメントとはどういったものかについて、お話しを伺います。

加護野忠男氏
1947年大阪府生まれ。甲南大学特別客員教授・神戸大学名誉教授。
著書に「経営は誰のものか」日本経済新聞社、「経営の精神」生産性出版、「松下幸之助に学ぶ経営学」日経プレミアシリーズ新書、「日本型経営の復権」PHP研究所など多数

働き方改革と生産性

石見:柔軟な働き方や生産性を高める働き方として「働き方改革」が進められています。先生のご意見を伺いたいです。

加護野先生:働き方改革は間違いが多すぎます。
労働時間の短縮というが、短縮を望んでいる人もいれば、望んでいない人もいる。
私のリハビリをやってくれている会社では、ここは2種類の労働の仕方を提案しています。
1日10時間働いて四日労働、または8時間働いて。五日労働。どちらかを選べ、と。
すると趣味持っている人は週休3日、子供がいる人は週休2日が多いようです。

政府がやるべきは、短くするだけでなく、長時間はたらいて、稼ぎたいという人にもこたえるべきだと思う。すべて一律というところが問題だと思います。
ただ、会社として長時間労働をする場合は、従業員の健康にきちんと配慮するというバックサポートシステムをつくることは必要ですね。
同一労働同一賃金もこれも問題。まちがいだと思います。
なぜならば、経営学には無差別圏という考え方があります。
無差別圏というのは、賃金に対して、どの範囲の中で会社の命令に従うか、というもの。
正社員は契約社員や派遣社員より無差別圏が広い。
無差別圏が広いほうが会社は使いでがあるので、給料が高いというのが合理的。
例えば、残業を命じた際、それを積極的に受ける人のほうが、自分の都合を優先したい人より給料が高くていいはずです。

石見:働き方改革は本来ひとりひとりがイキイキと仕事に向き合えるようにする施策のはず。しかし、現場は指標がないと動けないので、「労働時間短縮」などのわかりやすい取り組みに走っていますね。

加護野先生:正しく測れる指標であれば、問題ない。
例えば、時間あたり付加価値ではかることで、時間を短縮して付加価値をあげることができればよいと思います。
アメーバー経営は時間当たり付加価値を測りますね。

石見:アメーバー経営は人件費を入れずに計算しているところがすごいですね!

加護野先生:アメーバー経営はそもそも自分はいくら稼がないといけないか、時間あたり〇千円稼がないといけないのかがわかるようになっています。〇千円のためにこんな仕事していていいのかと気づけるようになっているます。
生産性といえば、関西生産性本部のヨーロッパ生産性視察団の最大の成果は、ヨーロッパと日本では生産性の尺度が違うということを発見したことでしょう。
日本は従業員一人当たりの付加価値。ヨーロッパは労働時間1時間あたりの付加価値。
従業員ひとりあたりの付加価値にすると、長時間働くというオプションが出てきてしまう。
これでは、生産性上げているというより、労働投入を増しているだけ。

従業員エンゲージメントと日本型経営

石見:アベグレン先生が日本型経営の1つの特徴をライフタイムコミットメントと称されています。
ライフタイムコミットメントは生涯にわたる愛着心や忠誠心です。コミットメントは、士気、誇りを生むもので、一方で最近、企業の競争力の重要な要素ということで「エンゲージメント」という言葉が出てきています。
エンゲージメントを高めることで、愛着心や士気、誇りを高めるなどと言われていますが、ライフタイムコミットメントとエンゲージメントは似た概念なのでしょうか?

※ジェームズ・アベグレン氏
1926年米国ミシガン州生まれ。著書「日本の経営」(1958年・ダイヤモンド社)で終身雇用、年功序列について解説。1963年、ボストン・コンサルティング・グループ設立に参加。1966年、ボストン・コンサルティング・グループ日本支社を設立し、初代代表に就任。2007年没。

加護野先生:よく似た意味合いですね。

石見:だとすると本来日本が持っていたものなのにも関わらず、アメリカから輸入しているということなんでしょうか。
もう一度、日本型経営の良さを見直すことができれば、第4次産業革命時代のマネジメントを日本から発信できるのではないかと思っています。
バブルはじけてから大量のリストラをしてから、日本はダメになったんじゃないかとも思えます。

加護野先生:大量に人減らしして、給料を下げたでしょう?あれでおかしくなった。給料を高くしたら、人は悪いことしないものです(笑)
給料が他の会社より良いとなったら、その会社の期待を裏切らないから一所懸命に働きます。
残念ながら、バブルはじけてから不祥事が増えた。

石見:バブルはじけた時に日本に成果主義がいっきに広がりました。
バブルがはじけた当時、ある会社で人事にいた人から聞いたことがあります。成果主義の導入の目的はこのままだと膨らみすぎる給与をズバリ減らすことが目的だったと白状していました(笑)
成果を適切に評価することより、上がりすぎている給与を減らす、役職を減らす目的のほうが導入目的が強かったのかもしれませんね。

加護野先生:経営学のさまざまな研究では、「成果主義は成果を上げない」ということが明らかになっています。
しかし内外の経営者は常に成果主義に頼りたがる。

石見:日本がバブル以降に導入した成果主義の問題は、例えば旗を立てた人が評価されるという成果主義だったことが問題ではなかったかと考えています。
旗を立てた人が全部持っていくのではなく、旗を立てた人の周りには支えてくれた人や道をつけてくれた人などチーム全体で評価するなら、成果主義もあながち悪くはないと思っています。
個人で優劣をつけるというのが問題だと思います。

加護野先生:成果を出しやすい仕事と出しにくい仕事がある。成果を出しやすい仕事の人のアピールがうまかったらそれが評価されてしまうところがある。
アピールがうまい人とというのは大きな声をだす人です(笑)。しかし下から担いでいる人にはわかる(笑)。でも上からは担いでいる人が見えないので、大きな声の人だけが見える。

経営において、人間は複雑なものということを忘れてはいけない

石見:成果主義を経営者がやりたがるとおっしゃったのはなぜですか?

加護野先生:おそらく人間について単純な見方しかしてないからでしょう。
経営者、経済学者、そして理工系の人もそう。
労働力は計れるものという考え方。
人間はそんな単純なものではない。

アメリカの経営学者の間で、ファーストインクワイアリと呼ばれている実験があります。
フィラデルフィアの紡績工場がハーバードとウォートンの先生方を呼んで、業績の悪い工場のミュール紡績機の部門をどうしたらいいかというアドバイスを求めた。
学者たちは、移動する紡績機を扱っている従業員は疲れているのではないかと考え、午前に10分、午後に10分休憩を与えたらよい、と提言した。
ただ、全員に休憩を与えたら、休憩に効果あるかどうかわからないから、1/3の人だけ休憩を与え、残りの2/3は休憩を与えないようにしたらよいと助言しました。
休憩に効果があれば1/3の人の業績はあがるはずです。
ところが休憩しなかった2/3の人までの業績まであがってしまった。
なぜこのようなことが起こったのか、その理由を調べたいので、もうちょっと研究を続けたいと学者が求めたが、業績があがったからそれでいいと経営者が断った。
先生たちはもっとやりたいと、ウェスタンエレクトリック社のホーソン工場で実験をした。
そこでも似たような結果になり、人間とはきわめて複雑だということがわかった。

マックスウェーバーの「倫理と資本主義の精神」という本がある。どうしたら現場の人をまじめに働かせることができるかということを書いた本。そこでも成果主義は批判されています。
当時のことではあるが、働いたら余計に報酬を上げるということになると、もうたくさん報酬があるから、働かないでいいという人がでてきたのです。
それよりも報酬を下げるほうがもっと給料がほしいからと働く。
ウェーバーが見つけたのは、カトリックよりプロテスタントの人のほうがよく働く。
現場の人がきっちり働くというのは、人間の目で完璧には監視できるものではありません。
心の中にある「神」の目で監視してもらうしかない。
プロテスタントの神さんは厳しいからうそがつけない。
カトリックの神さんは懺悔すればなんでも許してくれる(笑)。

民族や宗教によっても働くことの捉え方が違う

石見:民族性とか宗教とかによっても違いがあるので、ますます複雑ですね。

加護野先生:例えばアメリカの場合は、リタイアするときはHappyリタイアメントという。これでようやく働かなくてもいい、という受け取り方。
ところが日本人に場合、リタイアメントは涙。(笑)
コミュニティーにいられなくなる。働けなくなる。
働くということはキリスト教にとっては極めてネガティブ。
働くことは神様から与えられた罰。

「イスラームの日常世界」という岩波新書があります。(著者:片倉もとこ氏)
この本の面白いところは、イスラームを理解しようとすると性善説や性悪説ではなく、性強説、性弱説という観点でみる必要があると言っています。
人間って弱いものという見方。
なのでイスラム教では結婚のとき、将来変わらぬ愛を誓うなんて言わない。そんなことできるはずないやろということ(笑)
プロテスタントは性強説なんですね。特に内面から神が監視しているから、こうであるべきだ、とか、本来こうあらねば、が強い。

中国は儒教を生み出しているのに、モラル面では難しいところがある。そのことはマックスウェーバーが予言しているんですね。
儒教はプロテスタントのように人々を仕切り続けることはできない。
なぜか。それは最大の理由は来世がない。天国地獄がない。現世のみ。
こんなことをしたら地獄にいくぞ、といえない宗教は、最終的に人の行動をコントロールできない。
現世の規律だけに頼っていると難しい。だからウェーバーは儒教の国では資本主義は発達しないといっていた。
しかも儒教は汗をながして働くことを嫌う。これは身分の低い人のやることという価値感がある。

「他力」から日本人の仕事への向き合い方を考える

加護野先生:日本人にとって働くということは、「他力」の概念を理解することが必要です。
他力本願とは、まさに仏の力を頼って力を発揮すること。
これこそ日本の仏教が生み出したユニークな発想です。
本来の他力とは自力の否定です。
自力とは努力すれば報いられること。しかし、残念ながら資本主義の社会では努力しても報われるとは限らない。
そこで努力が報いられるということでは、ひとはまじめに働かない。
他力本願とは努力は報いられない。それがわかったうえで努力をするということを意味します。
親鸞の思想に「善人なほもて往生す、いわんや悪人をや」というのがある。

※注)悪人とは、努力をしても報われないことを知っている他力の心がある人をいう。善人とは自力で努力してなんとかしようとしている人のこという。努力しても報われないことをしっている人でも浄土に往生できる、仏は救うという意味。

石見:確かに成功している人は「努力した」とは言わず「運がいい」といいますものね。

加護野先生:そう。努力と運がかみ合ったときに。

石見:努力をしているのに、どうしてかと思うのではなくて、努力だけではない何かがある。例えば周りに助けられて、とか。

加護野先生:過労死してしまう人など、あれだけ努力したのに、報いられないことがあったのでしょう。

石見:本当に、人は多様で複雑ですね。いかにマネジメントしていくのかを考えると、哲学的なところから考えていかないとまた大きな落とし穴が出てきそうです。

加護野先生:そう。
本来、極めて多様なことが影響するのに、同一労働、同一賃金という単純な誤りが出てきてしまう。同じ時間を働くなら同じにしておけ、というのはおかしいことです。
客観的な指標だけでコントロールしようとしている政府の姿勢は間違っている。

デジタル社会こそ、人間の複雑性の理解が求められるー加護野忠男氏インタビュー(2)日本型経営とエンゲージメント に続く

石見 一女

石見 一女

Be&Do代表取締役/組織・人材活性化コンサルティング会社の共同経営を経て、人と組織の活性化研究会(APO研)を設立運営。「個人と組織のイキイキ」をライフワークとし、働く人のキャリアと組織活性化について研究活動を継続。「なぜあの人は『イキイキ』としているのか」第1章30歳はきちんと落ち込め執筆、プレジデント社,2006年。

心理的資本の概要/高める方法を資料で詳しく見る!心理的資本とは、人が何か目標達成を目指したり、課題解決を行うために前に進もうと行動を起こすためのポジティブな心のエネルギーであり、原動力となるエンジンです。「心理的資本について詳しく知りたい」方は、以下の項目にご入力のうえ「送信する」ボタンを押してください。
◆資料内容抜粋 (全16ページ)
・心理的資本が求められる背景
・心理的資本の特徴
・構成要素「HERO」の解説/開発手法とは? など

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執筆者プロフィール

石見 一女

石見 一女

Be&Do代表取締役/組織・人材活性化コンサルティング会社の共同経営を経て、人と組織の活性化研究会(APO研)を設立運営。「個人と組織のイキイキ」をライフワークとし、働く人のキャリアと組織活性化について研究活動を継続。「なぜあの人は『イキイキ』としているのか」第1章30歳はきちんと落ち込め執筆、プレジデント社,2006年。

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