「なんとなく調子が出ないけれど、会社は休めない」。多くの社会人が一度は経験するこの感覚が、実は日本全体で年間7兆円を超える莫大な経済損失につながっているという事実をご存知でしょうか。この「見えないコスト」の正体は、多くの人が想像するものとは全く異なります。本記事では、この隠れた経営リスクの正体をデータから解き明かし、より生産的で強靭な組織を構築するための戦略的フレームワークを提示します。
目次
問題は「休んだ社員」にあらず。
経済損失7.3兆円の震源地は、あなたの隣の席にいる
こころの不調が引き起こす経済への影響について考えるとき、私たちはつい「欠勤」による損失を想像しがちです。しかし、事実はその逆を指し示しています。
日本経済新聞によると、こころの不調による日本全体の経済損失は年間約7.6兆円にのぼると試算されています。驚くべきはその内訳です。
- 欠勤による損失: 3000億円
- 出勤しても思うように働けないことによる損失: 7.3兆円
このデータが示すのは、経済損失の実に95%以上が、欠勤(アブセンティズム)ではなく、出勤はしているものの不調によって本来の生産性を発揮できない状態(プレゼンティズム)から生まれているという衝撃的な事実です。問題の核心は「休むこと」ではなく、「不調を抱えながら働くこと」にあるのです。この点は、多くの人の直感を裏切る、非常に重要なポイントと言えるでしょう。
こころの不調による経済損失が膨らんでいる。日本全体で国内総生産(GDP)の1%強にあたる年間約7.6兆円が失われているとの試算がある。欠勤のほか、思うように働けない場合があるためだ。こころの不調を特別視せずに、異変を早めに察知し、無理のないスムーズな復帰につなげる環境づくりが欠かせない。「最初の異変は会社のミーティングで号泣したことだった。ロープを買うためにホームセンターに向かったこともある」
「辞めさせない」から「活躍を促す」へ:新しい解決策「心理的資本」とは?
この7.3兆円という「見えないコスト」の正体が「不調を抱えながら働くこと」である以上、従来のような離職防止という「守り」の策だけでは不十分です。求められるのは、従業員が本来の力を発揮できる状態を能動的に作り出す「攻め」のアプローチ。そこで注目されているのが、「心理的資本」という新しい概念です。
「心理的資本」とは「前向きな行動を生む原動力」と定義されます。これは単なる精神論ではなく、科学的に「測定でき、開発できる」個人の資本です。
この考え方は、従業員の離職を防ぐという守りの視点に加え、一人ひとりの「”伸びしろ”を活かしきる」という、より前向きで発展的な攻めの姿勢への転換を促します。実際に、心理的資本の低下が離職意向と相関しているという調査研究結果も示されており、このアプローチが従業員の定着と活躍の両方に貢献する可能性を秘めているのです。
未来の「プレゼンティズム」は既に始まっている?10代のネット利用が示す、企業にとっての静かな時限爆弾
こころの不調が増加している背景には、現代ならではの要因も潜んでいます。特に、将来の労働力を担う若い世代が直面しているリスクは、企業の未来を考える上で見過ごせません。
日本経済新聞が報じた国立精神・神経医療研究センターなどの研究によると、思春期のインターネット利用が、その後の精神状態に大きな影響を与えることが分かってきました。具体的には、次のようなデータが示されています。
「12歳時点でネットを使い過ぎると、16歳時の精神病症状が1.65倍、抑うつが1.61倍に増えた」
これは単に若者の問題ではなく、数年後にはこの世代が労働市場に参入し、生産性の根幹を揺るがす「プレゼンティズムの予備軍」となり得ることを示唆しています。睡眠時間の減少や、SNSによる人間関係への過度な気遣いなどが、将来の労働力に長期的な影響を及ぼす静かな時限爆弾となっているのです。
データや理論の先にある、最もシンプルで強力なアクション
経済損失のデータや「心理的資本」といった科学的アプローチも重要ですが、それらすべての根底にある、最もシンプルで強力なアクションが存在します。それは、私たち一人ひとりが実践できる、人間としての基本的な関わり方です。
慶応義塾大学の菊地俊暁准教授は、その核心を次のように語っています。
つらいときはSOSを出す。周りに不調を抱える⼈がいたら、話を聞いて共感するのが⼤事だ
この言葉こそが、あらゆる対策の土台となります。例えば、当社Be&Doが提供するAIメンター(HEROMe)や、東京都足立区が設置した若者向けの支援施設といった仕組みも、突き詰めれば、この「安心してSOSを出し、相談できる環境」を具体化したものと言えるでしょう。
明日から踏み出す一歩
年間7兆円を超える「見えないコスト」の正体は、不調を抱えながら働くプレゼンティズムにあります。この課題に対し、従業員の活躍を促す「心理的資本」という新しい武器が有効ですが、その資本を育む土壌そのものが、現代特有のリスクに脅かされています。だからこそ、すべてのデータや理論の根底にある「安心してSOSを出し、互いに耳を傾ける」という文化の醸成こそが、最も確実で強力な第一歩となるのです。
あなた自身、そしてあなたの組織は、明日からどのような小さな一歩を踏み出すことで、誰もが安心してSOSを出せる環境を築いていけるでしょうか?
ぜひ、当社までご相談ください。
まずは予防策や、状態を改善するためのアプローチ法を学ぶ機会として、PsyCapMaster認定講座にご参加いただくのも良いかと思います。また現状の人材・組織のリスクと伸びしろを発見するためにHEROIC診断を実施いただくこともおすすめします。