人的資本経営の重要性が説かれ、研修等のOff-JT(Off the Job Training)やリスキリングも含めた能力開発や自己啓発啓発支援に予算を投入する流れがあります。これまで人材育成に割かれる予算が少ないとされている日本企業において、ポジティブな流れであるかもしれません。
一方で「7:2:1の法則」はあまりに有名ですが、人は7割を「仕事上の経験」、2割を「上司や先輩からの助言やフィードバック」、残りの1割を「研修などのトレーニング」から学ぶと言われています。分けるとすれば、9割は業務経験を通じた教育であるOJT(On the Job Training)に関わるんですね。
人材育成に大きな影響を及ぼすOJT、その質を最大化することに限られたリソースを投入することは一考に値しそうです。今回はOJTの質を最大化する経験とふりかえりを、「経験学習モデル」と「心理的資本」の視点から考えたいと思います。
目次
経験学習モデルとは?
経験学習の提唱者として有名なのは、デイヴィッド・コルブ氏です。コルブの経験学習モデルでは、以下の4つのステップからなるサイクルを繰り返すフレームワークです。自分の経験を振り返り、気付きを得るプロセスとして非常に重要な学習方法といえます。
- 具体的経験・・・実際に自分が現場で経験をすること
- 内省的観察・・・成功・失敗の経験をふりかえること
- 抽象的概念化・・・経験・内省を経て、得られた気付きを他の場面にも共通して利用できないかを検討すること
- 能動的実践・・・概念化された気づきを能動的に実践してみること
経験学習モデルは、よくOJTの理論的背景として用いられ、特別なことは言っていないようにも見えます。しかし、例えばOJT研修や管理職研修の場で、後輩育成・部下育成のためにこの4つのステップを回してくださいねとレクチャーがあったとして、実際に上手く後輩や部下の成長を支援できる人がどれくらいいるでしょうか。
上辺だけの理解では、残念なOJT、経験学習モデルの実践になりかねません。
・一方的な指示で与えられた仕事や目の前の仕事に忙殺され、経験ではなく作業になってしまっている
・ふりかえりを本人任せにしてしまっている
・ふりかえりの時間がいつの間にか上司・先輩の持論を語る・聴く時間になってしまっている
・ふりかえりでは反省点ばかり目が向いてしまう
・次のアクションを!と思える前向きさが失われている
などなど・・・。
誤解がないようにしたいのは、経験学習はビジネスパーソンの能力開発において有用なモデルであるということです。一方で、OJTトレーナーや上司側の意識・スキルも不可欠。では、経験学習モデルを用いながら行うOJTの質を最大化するためには、どういった意識・スキルが必要になるのでしょうか。
OJTの質を最大化するために“意識”したい、心理的資本
かつて企業において個人の「やる気」や「モチベーション」は、個人の問題であり、自分でどうにかするものであると考えられてきました。世間では“エンゲージメント”や“心理的安全性”への注目が高まる一方で、今もこの考えは、根強く残っています。(あるいは、落ち込んで会社を辞めたり、休職しないようにするためのメンタルケアに終始しています。)
確かにこれまで、経営学の分野においてもモチベーションは感情に近く、変動が大きいものであり、人のパフォーマンスの説明要因として何らか影響はしているだろうと考えられつつも、研究の土俵に上がりづらかった歴史があります。しかし、心理的資本という概念でまとめられたことにより、経営学における人材の研究フェーズに変化が起こります。
心理的資本とは、自律的に目標達成に向かう前向きな心のエネルギーで、比較的安定的で計測・開発が可能な概念です。心理的資本が高いことで、人のパフォーマンスに好影響を及ぼすことが研究で認められています。心理的資本が充実していればこそ、積極的な行動や思考につながるのです。OJTを担う人は本人の心理的資本に着目し、心理的資本を高めながら育成・支援を進めていくことで、結果的に成長を加速することができます。
これからOJTを担う人には、“心理的資本”を意識してもらいたいと思います。具体的にはどうすればいいのでしょうか?
意志の力を大切にした目標設定=経験のつくり方
どんな仕事(経験)でもこのサイクルを回せば成長につながる!というのは、少し“経験学習”を都合よく解釈しているかもしれません。例えば会社や上司から一方的に指示された仕事を、仕方なくやっているという状態での経験であった場合、ふりかえりもどこか他人事で有意義なものになりづらいことが想像できます。“主体的”に“自分事”として経験をセットすることが、経験学習及びOJTの質の最初の分岐点となります。
“主体的”で“自分事”になっている状況を作り出すためには、個人の意志(=Will、ありたい姿、成し遂げたいこと)と組織への貢献の2つの視点が不可欠です。個人の意志だけでは事業が成り立たず、組織への貢献だけだとやらされ感たっぷりでドライブがかかりません。個人の意志と組織への貢献の間に接点やつながりを見つけ、納得感のある目標を見出すことが第一歩です。
その上で、今この仕事(経験)は目標達成のプロセスにおいてどういう意味を持つのかを考える。これをOJTトレーナーや上司は支援していくことが必要です。仕事の意義や重要性を会社・組織視点から語るだけでは、物足りないかもしれません。実はこの目標設定は、心理的資本を構成要素であるHope(ホープ)を高める方法の一つです。
自己効力感を意識したふりかえり=内省と概念化の支援
ふりかえりを終えた後、どういう状態になっていることを期待しますか?「あー、上手くいってないかとは思っていたけど失敗だったんだ。自分では無理だ。次も失敗するかもしれない。」ふりかえりを終えた時、次のアクションを起こす自信を失っていたら意味がありません。同じ状況をふりかえるにしても、「上手くいっていないと感じた原因はわかった。でもまだ道半ばだ。改善の手段も見えたし自分ならできる。」という状態であれば望ましいのではないでしょうか。
ふりかえりの場で行われるOJTトレーナーや上司からの問いかけやフィードバックによって、上記のような違いが生じる可能性が大いにあります。それでは、どのようにふりかえりを支援すれば良いのか。心理的資本の中でもEfficacy(エフィカシー)を高める手法にヒントがあります。
Efficacy(エフィカシー)を高めるポイントの中でも、次の3点を今回はピックアップします。
①ふりかえりは出来る限り高頻度で行う(1ヶ月に1回は・・・!)
②ポジティブな側面に着目したフィードバック(人は無意識にネガティブな側面に目が向く)
③高い目標のためにバカバカしいくらい小さなステップを設定して行動を促す
勿論、時には厳しいフィードバックも必要になるかもしれません。その際には、ポジティブ・フィードバック→改善フィードバック→ポジティブ・フィードバックのようにサンドイッチ型で伝える、かつポジティブ:改善=3:1の割合を意識してみましょう。まず、存在や事実をしっかり認めていることを伝える「承認」を。そして、より良くしていくためという視点で改善点を伝え、今後への期待や応援の気持ちを添えます。
OJTによる人材育成を強化!心理的資本の開発手法を学ぶ
OJTを任された人、メンバーの育成を任された上司は戸惑っています。人材育成部門としては、OJTの質を高めていく仕掛け・仕組みを絶えずアップデートしていくことが一つの大切なミッションではないでしょうか。本稿では、「経験学習」×「心理的資本」の視点で考察しましたが、心理的資本の開発手法を学び自社・自組織のOJTの体系に組み込み、ポイントを粘り強く伝えていくことで、質の最大化につながります。心理的資本に関心を持っていただけると嬉しいです。
PsyCap Master認定講座では、自分そして他者の心理的資本を開発するコミュニケ―ション手法を学ぶことができます!ご関心のある方は、覗いてみてください。