インタビュー

デジタル社会こそ、人間の複雑性の理解が求められるー加護野忠男氏インタビュー(2)日本型経営とエンゲージメント

前編「デジタル社会こそ、人間の複雑性の理解が求められるー加護野忠男氏インタビュー(1)多様性の理解」の続編です。

Profile加護野忠男氏
1947年大阪府生まれ。甲南大学特別客員教授・神戸大学名誉教授。
著書に「経営は誰のものか」日本経済新聞社、「経営の精神」生産性出版、「松下幸之助に学ぶ経営学」日経プレミアシリーズ新書、「日本型経営の復権」PHP研究所など多数

エンゲージメントと日本型経営

石見:今、従業員エンゲージメントの向上が米国では経営の評価にも関わってきているといわれています。従業員エンゲージメントとは、組織との強いつながり、きずな、従業員の主体的なコミットメントのことを指しています。
私は従業員エンゲージメントこそ、これまで日本の経営で重視してきたものではないかと想い、加護野先生のお話しを伺いたいとこのインタビューをお願いしました。

加護野先生:の従業員の企業に対するコミットメントが低いということが言われているが、こういうのは昔からあった。これはサンプリングバイアスです。
アメリカやヨーロッパの人はコミットメントが低いと会社を辞めていく。
日本は低くてもやめない(笑)
「経営」というのは語源からみると「経」とは縦糸。「営」とは兵舎のこと。
更地の上に縄張りをして、ここにどんな建物を作ろうと、企画をするという意味が経営の語源。経営はそこから派生して、思い悩むという意味もある。
中国では経営という言葉はあまり使わない。管理というけれど、中国人にとっては管理するほうがいいということかな。
社会主義国だったということも関係あるかもしれない。国民性や社会の体制なども影響するのかな。

石見:今、エンゲージメントということばが出てきている背景には、従業員のつなぎ止めなんですよね。長期的な連帯関係を築かないと企業は成り立たなくなってきているよ、とアメリカが言っている。日本も同じ。
バブル崩壊以降、日本は本来大事にしていた日本型経営の良いところを捨ててきたように思います。捨てたこの30年はいったい何だったんだろうということですよね
加護野先生の著書「日本型経営の復権」を改めて拝読しました。
ここに書かれてある従業員主権論。従業員の利益を優先することで、従業員の貢献意欲が高まり、結果的に株主をはじめ多くのステークホルダーに利益がいく。
これはまさにアメリカでいっているエンゲージメントと似ています。
アベグレン先生が見出した日本型経営と似た印象で不思議な感じがします。

加護野先生:アベグレンが言っていた。
80年代、日本の経営のほうが優れているといわれていたが、アベグレンはアメリカと日本は違うと。
どっちが優れているとはいえない。
違うということはどっちが優れているなどとは測れない。
ところがバブルがはじけて経済学者が、単純な議論をする人の意見のほうが勝ってしまった。終身雇用はダメだとか、もっと労働力を流動化しないといけないとか。

石見:その揺り戻しが来ている感じですね。

加護野先生:来てるよ。
小池和男という労働経済学者が最近書いた「なぜ日本企業は強味を捨てるのか」という本で終身雇用はいかん、労働力は流動化しないといかんと改革したけれど、これはたいへん大きなまちがいだった、と言っておられます。
アベグレンの本を訳したのは、私の恩師なんですよ。
先生がいつも言っていたのは、アベグレンの本に「ライフタイムコミットメント」という言葉がでてくる。
この訳を考えるのがたいへん難しかった。そこで苦労して「終身雇用」という訳にした。
ところが終身雇用という言葉が独り歩きしてしまい、雇用期間が長いのが日本の特長だと捉えられてしまった。
でもこれは違っていて、長いのもあるし、短いものもあるし。
終身雇用とはそうではなくて、ずーっとこの会社で働くことがよいことであるというという価値観のことです。
働いている従業員をクビにするのはよくないことである、と。こういう価値観こそが日本のライフタイムコミットメント。
単に長く働くのがいいということではない。

経営を強くするライフタイムコミットメント(長期的な連帯関係)

石見:終身雇用という言葉が独り歩きしたときに、経営側にも雇用される側にも勘違いがおこったような気がします。

加護野先生:シャープが悪くなった最大の原因は、やめた従業員が韓国にいって技術を教えたことにある。これは明らかにライフタイムコミットメントに反することだった。そのときに気付くべきだった。なんか我々に不足しているものがある、と。コミットしてもらっていないと。
僕の年になると同級生はほとんど定年すぎて退職している。年金生活に入っている。
ところがこの年になっても「ウチの会社、ウチの会社」という。
お前の会社とは違うのに(笑)
もっとすごいのは上智大学の山田君たちが研究しているけど、有田に三右衛門というのがある。
今右衛門、柿右衛門、源右衛門の三右衛門の3つです。この三右衛門が有田のブランドです。ものすごく高価です。
ところが、有田の他の窯では三右衛門のマネはできてもコピーはできない。
似たようなものは作れるが、同じものを作る技術がない。
なぜかというと、三右衛門は死ぬまで雇用制。
だから技術が外へ出ない。シャープは本当はこれをやらないといけなかった。
ある段階で、死ぬまで雇う、と。(笑)
本当にやろうとするとすごいコストがかかるけど、中国や韓国に技術を取られることがなかった。みんな中国、韓国に行ってしまった。

QC活動を見直す

石見:長期的な連帯関係があると、改善活動が活発に起こる、内部統制コストも削減できる、人材育成の投資が思い切ってできる、と先生の本にも書かれてあります。
まさしく、今、こういったものがないので、離職が増えているし、技術も伝承できないし、人材育成への投資もできない。これを打ち破るものとして「エンゲージメント」という言葉が今出てきているということでしょうか。
日本とアメリカは違うということですが、日本型経営の良いところをもう一度見直して、これを日本から世界に発信していける時代ではないかと考えますが、いかがでしょう。

加護野先生:それで一番うまくいっていたのがQCです。
現場の人というのは、単にある時間だけ働くのではありません。
考えながら働いてくれ、というのがQC活動。
後何分で仕事終って、どこに行こうかなと考えている人と、この仕事をもっと上手にしていくためにはどうすればいいかと考えている人では、同じ仕事をしていても価値が全然違う。
目に見えないものをどれだけ評価して、報いるかということが大切です。
それから始業時間が始まってから掃除する人と、始業時間前に整理整頓、掃除を済ませている人と、やっぱり違う。
でも、それをつぶしてしまったのが労基署かもしれないな。
掃除の時間は労働時間に含められるべきもので、それはサービス残業だ、と。
サービス残業だから、それを何分何秒でいくらだから、払え、と。
そんなもん、ほっといてくれ、と(笑)
今日飲みに行こうと誘ったら、残業つけていいですか?という若い人が出てきているようです(笑)

石見:整理整頓のように自分が自律的に働くための環境整備までが、業務の時間内なのか、外なのかといった話になると、それはイキイキ働くということとは文脈の違う話ですよね。
契約内で働いているという受動的な働き方になりますね。
QC活動は減っているのですか?

加護野先生:神戸大学にいるとき、当時のトヨタの副社長から電話があった。
「先生、いろんなところでトヨタのTQMを批判していますね」と。
なんでそんなことを知っているのですか?と聞くと「トヨタのブラックリストに載っています」と(笑)
批判するなというのではない。ぜひ、してほしいと。そしてトヨタのQCの大会をしますので、社長以下、全員でるので、そこでTQMの批判をしてほしい、と。
トヨタのTQMの問題点は、問題が起こったときに、この問題の原因はどこにあるのか、原因追及しかやっていない。
でも、本当にやらないといけないのは目的追求。なぜこの目的なんだと。
この目的を考えたときに、今やっていることがベストの方法なのか、と考えないといけない。

石見:確かに原因追及だけしていたら、萎縮してしまいますね。

Give and Givenで現場力を高める

加護野先生:大阪の南に道頓堀ホテルがあります。先日、経営品質賞をもらいました。そこの専務の話では、道頓堀ホテルでは働く人全員が20万円の予算を持っている。
これがいるとなったら20万円の予算までは上司の許可なく、その場で自由に使える決済権を与えている。裁量予算です。
リッツカールトンではお客様からクレームがあったら、お客様に対して10万円まで払う権限を働いている人に与えている。でもこれはクレーム対応のとき。
それに対して道頓堀ホテルはこうやったらお客様が喜んでもらえるというところに対し20万円の決済権がある。

道頓堀ホテルは中華料理のチェーンで王宮というのをやっている。この中華料理店はほとんど宴会用。お客さんは消防署、警察署、区役所というこういう古いタイプのお客さんをターゲットにしている。
このようなお客さんはあまり料金が高いと利用しにくい。なので、5000円で飲み放題にしている。
しかもいいのは3時間前まで人数変更可能。
警察署や消防署は何が起こるかわからない。なので、人数の変更が効くのがうれしい。
道頓堀ホテルは、インバウンドのお客さんが多い。
宿泊のお客さんのターゲットは台湾と香港、そこの20代の女性。彼女たちが喜びそうなイベントを、例えば、着物の着付け、お雛さんを飾るとか、たこ焼きをするとか、こういうイベントをホテルのロビーでやっている。こんなことやったら喜んでもらえるんじゃないかということを20万でやっている。
いいアイデアがあっても、これをやるために上にあげないといけないし、また何を言われるかわからないというと、何もできない。

石見:決裁権を与えるというのは経営側の信頼、エンゲージメントがあるということですよね?

加護野先生:自分で決めるとなると、案外20万円ぎりぎりまで使わないもの。
いかに安く抑えるかを考える。
政府の役割はルールを決めてその通りにやれというのではなく、こんないいことやっていますよという事例を知らせてあげることではないでしょうか。
しかもだれでもわかるような単純な原則を置くのではなく、経営者の判断を大切にする。

兵庫県に鐘紡の兵庫工場があり、ここは人本主義経営といって、武藤山治という人がね、働く人を大事にした経営をした。
工場の中に病院をつくったり、学校をつくったりした。
従業員が成長できるような経営をした。それがゆえに、いい人がいっぱい集まった。
それで怒ったのが大阪の東洋紡をはじめとした在阪紡績。
抜け駆けするな、と。
いいことしたら、いい人が集まってきてそれなりに良い成果が生まれる。

石見:これだけやったら、この成果に応じたものを与えるよという成果主義とは逆ですよね。

加護野先生:まず与える。そしたら向こうもやってくれる。
Give and Takeではない。
Give and Givenです。

監視はコンプライアンスリスクを招く

石見:人をものとして見るのではなく、人を人としてみる、という哲学がないと難しい。
最近、リモートワークが増え、従業員を監視するような仕組みが出てきているが、そういう意味では逆ですね。

加護野先生:監視からはモチベーションは生まれない。
昔あった通販会社は従業員の働いている部屋のすべてに監視カメラがあったそう。
監視カメラには必ず死角というものがあるから、完全に監視するのは難しいな。
中国の農薬入りの餃子を売って問題になった会社がありました。
この会社は「ウチの食品には農薬を入れられません。なぜかというと、工場の中にすべて監視カメラがありますから、そんなことをやったらわかるんです」と。
これは社会主義の発想ですね。
監視カメラをいくらおいても死角があるから、見えないところでやることもできる。

石見:結局、管理をするのではなく、自分がここにいることが誇らしいから、いいことをしようというのが大事ですよね。すくなくもと悪いことに頭がいかないという。

加護野先生:そう。だからね、あの会社がほんとに言うべきだったのはね、ウチの工場見てください。どこにも監視カメラなんておいていないでしょ、と。だから大丈夫なんですよ、と。

石見:信頼関係が崩れてしまっている組織に対する処方箋は?

加護野先生:難しいな。一番いいのは経営者が変わることですね。
あの、JALがそうだった。稲盛さんが連れてきた経営陣が変えた。
これまではアメリカ型の組織の典型だった。私考える人、あんた実行する人。あんたは何も考えずに言われたとおりにやりなさい、と。マニュアル経営。
これは日本とアメリカとの決定的な違いだけど、あまりみんな考えていないのは、アメリカの上司は人事権を持っている。お前はクビだといえる。給料も決めることができる。
ところが日本の上司はそんな力を持っていない。だから日本の部下は上司の言ったことに意見がいえる。
アメリカの部下が上司のいうことに意見など、言っていいと言われるまで絶対言わない。おかしいなと思っていてもそのまま従うんです。

石見:そんなアメリカも人材不足で、エンゲージメントとか言い出しています。
ノーレイティングというのも上司の評価に対する不満が離職や生産性に影響するということで始まっています。

加護野先生:日本の上司に対して、あんたおかしいというシステムに最大の問題は軍隊です。
命令した上司に対して、そんなことしたら戦争に勝てません、といって動かなかったのが大阪の軍隊だった。8連隊。
また負けたか8連隊(笑)
商売人が多いからです(笑)

石見:上司に意見が言えるというのも、良し悪しなところもありますね(笑)

日本型経営の長所を世界に発信するには

石見:日本型マネジメントを今こそ打ち出したいですね。一方で、今、速度が速くなって、昔のようにじっくりと人材を育てるということが難しくなってきていると思いますが、その点はいかがでしょうか。

加護野先生:アメリカのすごいところはなんでもシステムにするところです。

石見:日本は仕組み化するのが下手ですね(笑)。
日本型経営の素晴らしいところがいっぱいあるけど、それがパッケージ化されていない。
先生、それを私たちはHabi*doでやろうとしているんです。海外に打って出たい。

加護野先生:日本にも問題がある。例のトヨタの副社長は日本電装(現:デンソー)の会長になられた。
私が病気から回復してから、「先生、今度は別の頼みがある」と連絡がありました。
それは「やっぱりTQMをやめたらいかん」ということをトヨタで言ってほしい、と。
トヨタの中でもTQMの時代は終わったという人が出てきた。これだけは何があっても続けないといけないんです、と。

取材を終えて

加護野先生のお話しから、あらためて現場力を高めることの重要性を再認識しました。

現場の力を引き出すことで、高い生産性とコンプライアンスリスクを抑えることができます。日本で広まってきたQC活動、Give and givenで長期的な連帯関係など、日本型マネジメントの長所をもう一度見直すことが、デジタル社会の人材マネジメントを考えるうえで大きなヒントになると思いました。

当社のHabi*doを使って、労災撲滅のオンラインQC活動をしてくださっている企業があります。
多拠点化、リモートワーク化しても、互いの信頼を築き、生産性を高め、コンプライアンスリスクをなくすオンラインQCの活動を当社も推進していき、世界に発信したいという想いを強くしました。

石見 一女

石見 一女

Be&Do代表取締役/組織・人材活性化コンサルティング会社の共同経営を経て、人と組織の活性化研究会(APO研)を設立運営。「個人と組織のイキイキ」をライフワークとし、働く人のキャリアと組織活性化について研究活動を継続。「なぜあの人は『イキイキ』としているのか」第1章30歳はきちんと落ち込め執筆、プレジデント社,2006年。

心理的資本の概要/高める方法を資料で詳しく見る!心理的資本とは、人が何か目標達成を目指したり、課題解決を行うために前に進もうと行動を起こすためのポジティブな心のエネルギーであり、原動力となるエンジンです。「心理的資本について詳しく知りたい」方は、以下の項目にご入力のうえ「送信する」ボタンを押してください。
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・心理的資本の特徴
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執筆者プロフィール

石見 一女

石見 一女

Be&Do代表取締役/組織・人材活性化コンサルティング会社の共同経営を経て、人と組織の活性化研究会(APO研)を設立運営。「個人と組織のイキイキ」をライフワークとし、働く人のキャリアと組織活性化について研究活動を継続。「なぜあの人は『イキイキ』としているのか」第1章30歳はきちんと落ち込め執筆、プレジデント社,2006年。

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