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「やる気」の常識を覆す5つの発見:「自己決定理論」が教える、人が本当に動く理由

始めたときは楽しかったはずなのに、いつの間にか義務感に変わってしまった。
子供のやる気を引き出そうとご褒美をあげたのに、かえって興味をなくしてしまったようだ。

私たちは日々、自分や他者の「やる気」=モチベーションについて悩みます。

これらの疑問に答える鍵となるのが、心理学者のエドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した「自己決定理論(Self-Determination Theory)」です。この理論は、人は社会的な環境次第で、能動的でいきいきとした存在にもなれば、受動的で疎外された存在にもなりうると考えます。そして、単なる「やる気の量」ではなく「やる気の質」に着目することで、人間が本当に動くための驚くべき真実を明らかにしてきました。この記事では、自己決定理論が明らかにした5つの発見を通じて、人が本当に動く理由を探ります。

発見1:意外な落とし穴。「ご褒美」がやる気を奪うことがある

「ご褒美で釣るのは逆効果?」

多くの人が「報酬はモチベーションを高める」と信じています。しかし、自己決定理論が明らかにしたのは、その常識を覆す「アンダーマイニング効果」です。これは、もともと「楽しいからやっている」活動(内発的動機づけ)に対して、報酬のような外的なインセンティブを与えると、逆にやる気が低下してしまう現象を指します。

なぜこのようなことが起こるのでしょうか。それは、行動の理由が「楽しいから」という内的なものから、「報酬のため」という外的なものにすり替わってしまうためです。自分の意思で楽しんでいたはずの行為が、外部からコントロールされていると感じられるようになり、自発的な意欲が損なわれてしまうのです。そしてこの効果は、金銭的な報酬だけでなく、脅し、厳しい締め切り、高圧的な評価、一方的に課された目標といった、自律性を脅かすあらゆる外的コントロールによって引き起こされることが分かっています。

この発見は、数多くの研究によって裏付けられています。

発見2:すべての目標は平等ではない。幸福につながる目標、そうでない目標

「富や名声を得ても、幸せになれない?目標の『質』について」

自己決定理論は、私たちが追い求める「目標の内容」にも注目します。そして、目標を「内発的目標」と「外発的目標」の2種類に分類しました。

  • 内発的目標: 個人の成長、良好な人間関係、コミュニティへの貢献など、人間の基本的な心理的欲求を直接満たすもの。
  • 外発的目標: 富、名声、魅力的な外見など、他者からの評価や外部の指標に関連するもの。

研究によって、外発的な目標を重視することは幸福感の低下や精神的な不調に、内発的な目標の追求は高い幸福感や心身の健康につながることが一貫して報告されています。なぜでしょうか。自己決定理論は、人が基本的な心理的欲求を満たせない環境に置かれると、富や名声といった外的な目標を、満たされない欲求の代用品(need substitutes)として追求しがちになると説明します。しかし、たとえその目標を達成できたとしても、代用品は決して本来の欲求を直接満たすことはありません。だからこそ、外発的な成功が必ずしも幸福につながらないという、深い心のメカニズムが存在するのです。

発見3:「やらされ感」は1種類ではない。自発的に変わる「外発的動機づけ」

「『やるべきこと』を『やりたいこと』に変えるには?」

モチベーションを「内発的」か「外発的」かの二者択一で捉えるのは、少し単純すぎるかもしれません。自己決定理論は、モチベーションが「非自己決定的(Nonself-Determined)」から「自己決定的(Self-Determined)」な状態へと、自己決定の度合いによって連続的に変化する(連続体)と考えています。

この連続体は、特に外発的動機づけにおいて、以下の4段階に分けられます。

  1. 外的調整: 報酬や罰を避けるために行動する、最も「やらされ感」が強い状態。「怒られるから宿題をする」など。
  2. 取り入れ的調整: 罪悪感や不安を避けるため、あるいはプライドといった自尊心を保つために行動する状態。「やらないと恥ずかしいから」「できる自分を誇示したいから」といった内なるプレッシャーが原動力です。
  3. 同一化的調整: その行動の価値や重要性を自分自身で理解し、受け入れて行動する状態。「キャリアのためにこの勉強は重要だ」と判断して取り組むなど。
  4. 統合的調整: その行動が自分の価値観やアイデンティティと完全に一致している、最も自律的な状態。

この理論が示唆するのは、「やらなければならないこと」であっても、その行動の価値を深く理解し、自分自身の目標として受け入れることで、質の高い自律的なモチベーションへと転換できる可能性です。

4番に近づけられるようにしたいですよね。

発見4:人間に共通する3つの「心の栄養素」

「人種や文化を超えて、誰もが必要とするもの」

自己決定理論の核となるのが、人間が生まれつき持つ3つの基本的な心理的欲求です。これらは、私たちが健やかに成長し、いきいきと活動するために不可欠な「心の栄養素」と言えます。

  • 自律性(Autonomy): 自分の行動を自分で選択し、コントロールしているという感覚。
  • 有能感(Competence): 自分は有能で、効果的に物事を成し遂げられるという感覚。
  • 関係性(Relatedness): 他者と尊重しあい、繋がりを感じているという感覚。

これらの欲求が満たされると、内発的動機づけや幸福感が高まります。逆に、これらの欲求が妨げられると、やる気は失われ、不健康な状態に陥りやすくなります。

特に「自律性」は誤解されやすい概念ですが、これは単なる「独立」や「わがまま」を意味するものではありません。あくまで「自分の意思で決めている」という内的な感覚を指します。そして、この欲求がウェルビーイングにとって不可欠であることは、個人主義的な文化だけでなく、集団主義的な文化を含む、非常に多様な文化圏で普遍的に重要であることが研究によって証明されています。

発見5:最新研究が示す「自分への優しさ」と「やる気」の意外な関係

「不眠や孤独感を和らげる『セルフ・コンパッション』の力」

近年、薬物療法だけでなく生活習慣の改善を重視する「ライフスタイル精神医学」が注目されていますが、心の不調時に健康的な行動を続けるのは難しいものです。そんな中、ある国際共同研究が、この課題を解決する「モチベーションのロードマップ」を提示しました。

この研究は、困難な状況で自分を責めずに優しく接する「セルフ・コンパッション(自己への思いやり)」が、日本人の不眠や孤独感を和らげる効果があることを示しました。最も驚くべき点は、その効果が発揮される仕組みを自己決定理論が見事に解明したことです。具体的には、セルフ・コンパッションが、これまで見てきた3つの基本的な心理的欲求(自律性・有能感・関係性)を満たすことを通じて、不眠や孤独感を軽減していたのです。

この発見の科学的な精度は非常に高く、不眠症状の改善については、セルフ・コンパッションの効果のほぼすべてが「欲求充足」のプロセスによって説明される「完全媒介」という強力な結果が得られました。一方で、孤独感の軽減については、欲求充足を介する経路に加えて、セルフ・コンパッションが孤独感自体を直接和らげる効果もある「部分媒介」であることが分かりました。これは、自分に優しくすることが「心の栄養」を満たし、その結果として安心して眠れるようになる、という具体的なメカニズムが科学的に示されたことを意味します。

自己決定理論(SDT)と心理的資本(HERO)の関連性

SDTは、単なる「やる気の量」ではなく「やる気の質」に着目する理論であり、人が能動的でいきいきとした存在になるか、受動的で疎外された存在になるかは、社会的な環境に左右されると考えます。

SDTの核となるのは、人間が健やかに成長し活動するために不可欠な3つの基本的な心理的欲求(心の栄養素)です。これらの欲求が満たされると、内発的動機づけや幸福感が高まります。このSDTの3つの欲求は、心理的資本の要素(HERO)と概念的に強く関連しています。

  1. 有能感(Competence)とEfficacy

    ◦ SDTにおける有能感は、「自分は有能で、効果的に物事を成し遂げられるという感覚」です。

    ◦ これは、HEROの要素であるEfficacy(エフィカシー)の定義と直接的に重なります。Efficacyは、目標達成のために行動を起こす自信であり、困難に直面しても耐える力につながります。

  1. 自律性(Autonomy)とHope

    ◦ SDTにおける自律性は、「自分の行動を自分で選択し、コントロールしているという感覚」を指します。

    ◦ 心理的資本は「自律的な目標達成を促すエンジン」としての役割があり、これは自律性の概念と一致します。特にHope(ホープ)は、自分の意志(Will Power)が明確で目指す目的が具体的である状態を指し、自律的な決断や主体的行動の動機となります。

  1. 関係性(Relatedness)とResilience/Optimism

    ◦ SDTにおける関係性は、「他者と尊重しあい、繋がりを感じているという感覚」です。

    ◦ 心理的資本の開発においても、ソーシャルサポート(共通の目標を持つ仲間やガイドの存在)は欠かせない要素です。特に、悲観主義の悪循環を断ち切るためには、周囲からの肯定的なフィードバックや、良い仲間、信頼できる友人といったソーシャルネットワークの存在がOptimism(オプティミズム)の強化に効果的です。また、リスクを乗り越える力であるResilience(レジリエンス)の開発においても、人間関係やネットワーク(社会関係資本)は重要な資産となります

まとめ:真のモチベーションを引き出すために

この記事で紹介した5つの発見は、自己決定理論の核心的なメッセージを伝えています。それは、「モチベーションは量より質が重要であり、その質は『自律性』『有能感』『関係性』という3つの欲求が満たされるかどうかにかかっている」ということです。

SDTが提唱する基本的な心の栄養素(自律性、有能感、関係性)を満たすことは、心理的資本(HERO)が目指す「自律的な目標達成を促すポジティブなエネルギー」を高めるための土台づくりに役立つと言えます。つまり、SDTの3つの欲求充足は、HEROの各要素(特にEfficacyとHope)の機能と開発を支える要因として深く関連していると解釈できます。

真のモチベーションを引き出す鍵は、アメとムチで人を動かすことではありません。それは、人々が働く職場、学ぶ学校、生活する家庭といった社会的文脈そのものを、これら3つの基本的な心理的欲求に応え、支えるように設計することです。

あなたの職場や家庭、あるいは自分自身の心の中で、この3つの「心の栄養素」を育むために、明日から何ができますか?

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橋本豊輝

橋本豊輝

株式会社Be&Do 取締役 COO/日本心理的資本協会 事務局担当理事。PsyCap Master® Exsecutive Guide。組織活性化プログラムの開発・提供や、人材育成サービスの開発、マネジメント支援ツールの設計に携わる。企業の管理職や従業員など働く人のWellbeingをサポートする外部メンターとしても活動中。心理的資本を高める手法を追究している。著書に「心理的資本をマネジメントに活かす」(共著)中央経済社,2023年がある。

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執筆者プロフィール
橋本豊輝

橋本豊輝

株式会社Be&Do 取締役 COO/日本心理的資本協会 事務局担当理事。PsyCap Master® Exsecutive Guide。組織活性化プログラムの開発・提供や、人材育成サービスの開発、マネジメント支援ツールの設計に携わる。企業の管理職や従業員など働く人のWellbeingをサポートする外部メンターとしても活動中。心理的資本を高める手法を追究している。著書に「心理的資本をマネジメントに活かす」(共著)中央経済社,2023年がある。
研究員リスト
  • 赤澤智貴
  • 小西ちひろ
  • 橋本豊輝
  • 石見 一女
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  • 心理的資本研究員
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  • 舞田美和
  • 岡本映一
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