今、世の中では「ウェルビーイング」や「幸福」が会社経営においても注目を集めています。働き方や、職場環境だけではなく「働きがい」のある仕事かどうかもビジネスパーソンがキャリアを考える上で、よりいっそう重要視する傾向が高まっています。
そんな文脈の中で、組織マネジメント・人材マネジメント上で大切な考え方として注目されているキーワードに「心理的安全性」と「心理的資本」があります。
そこで、本コラムではそれらの違いと関係性を知っていただき、組織づくり・人材育成のヒントになれば嬉しいです。
心理的安全性とは?
経営者や人事に関わる方だけではなく、多くのビジネスパーソンから「心理的安全性」という言葉を聞くことが増えてきたように思います。
世の中に溢れる、その「心理的安全性」の言葉の使い方が正しいかどうかは別として…元々は組織行動学の研究者であるハーバード大学のエドモンドソン教授が提唱した心理学用語とされています。
生産性の高い「効果的なチームの条件」の調査プロジェクトであるプロジェクト・アリストテレスの結果をGoogleが発表したことをきっかけに、注目を集め始めたことで有名になった言葉ですよね。
「心理的安全性がある」「心理的安全性が高い」状態とは、その組織・職場で、どのような意見であっても拒否されたり悪い評価をされたりしない状態を指します。自分らしく心のままに振舞ったとしても文字通り”安心・安全”だと思える状態です。
心理的安全性によくある誤解と真意
よく勘違いされがちなパターンがあります。以下のようなものが「心理的安全性のある状態」だと表現されることがあります。
- お互いが仲良しであること
- 何を言っても問題ないこと
- 何を言っても罰しないというルールをつくる
- 皆で一致団結できていること
しかしこれらは厳密には異なるんですよね。
例えば、お互いが仲良しであることは良いのですが、その関係性が壊れるかもしれないから言いたいことを言えないのであれば「心理的安全性は低い」と言えます。
何を言っても問題ないわけでもありません。例えば、その人の存在や価値観を否定するような発言をして良いと思いますか?全くもってNGです。配慮は必要ですし、信頼関係の基礎を揺るがしかねないようなものは安全性を崩壊させますよね。
実際には「チーム内で対人関係のリスクをとって意見をしたり振る舞ったとしても共通の目標や想いがあるから安心できるんだ」というような状態なのです。
つまり共通の目標に向かって真剣にバチバチと真っ向から意見を戦わせていくような機会があるチームにこそ求められる考え方です。厳しいビジネスの現場の「生産性の高いチームの条件」を調査した結果なのですから!
だからサークル活動や同好会ではなく、事業推進のプロジェクトチームや職場で協働するチームを想定します。
業務を進めるうえで違和感を感じた時に、すぐに進言したり意見することができるかどうかは、生産性だけではなくリスクマネジメントにおいても重要ですよね。
心理的安全性をいかに創出するか
では心理的安全性が高いレベルの組織は、どのような条件を整える必要があるでしょうか。
私は以下の3つの条件が重要だと考えます。
- その組織の目的・目標についてお互いにしっかり握ることができている
- お互いのことを知り理解し、ビジネスのパートナーとして認めることができており信頼関係がある
- ひとりひとりが自分らしく振る舞える・意見を言える自信を持っている(≒他者を認められる自律性がある)
この三拍子が揃っていることが大切ではないでしょうか。そう考えると真の心理的安全性をつくるのは簡単ではないことが分かります。
しかしながら簡単では無いけれど、不可能では決してないものです。組織は個性をもった人の集まりだと考えれば複雑極まりないものですが、しっかりと個人と向き合っていくことで組織づくりは可能です。一足飛びにはいかなくとも、組織の心理的安全性は向上できるでしょう。結果として生産性を高め、業績を向上することにつながるでしょう。
- 組織の目的をしっかりと定めて共有できているか。
- 個人の目標が組織の目的や目標につながっているか。
- お互いのことをそもそも知っているか。
- お互いのことに関心を持つきっかけをつくっているか。
- ひとりひとりの志と向き合い自律する支援をできているか。
- ひとりひとりのやりとげる自信をつくる支援をできているか。
一例ですが、こんなことを地道に着実にやっていく。逆にそれしかないのでは?とも思います。
ですので、単純にほめ合ったり、感謝し合うだけでは無理だと断言します。しかしながら、それもひとつの要素にはなり得るでしょう。ステップバイステップで実行していくことが肝要です。
余談ですが、ちょっとした会で「この場は心理的安全性があるので」とか言われると、いやそれを感じるかどうかはこちらですけど…と疑問を呈します。また「心理的安全性が担保されていません!」のような一方的に求めるのも違和感以外の何物でもありません。これらのケースは、なんか違う…と個人的に思ってしまいます。用意するものでも、求めるものでも無いんですよね。難しいのですが、一緒につくるものでもあると思うんです。
心理的資本と心理的安全性の違いとは?
心理的安全性と似ている言葉として、「心理的資本」があります。混同されることもあるので、改めて違いを示したいと思います。パフォーマンスを高めるためにどちらも重要なものです。
心理的資本は、一言でいうならば「やりとげる自信」です。目標に向かって行動を起こし続けられる。自分にならやれそうだと思える。失敗も糧にできる。物事を肯定的に捉えたり感謝できる。目標達成や問題解決のために自律的に行動をできる心のエネルギー源でありエンジンの役割をする個人の資質・資源のことです。
心理的安全性との違いを分かりやすく違いを例えるならば、心理的資本が「エンジン」「アクセル」の役割を果たすなら、心理的安全性は「リミッター解除」「ブレーキ解除」の役割を果たすものと考えれば分かりやすくなるかもしれません。
その組織・職場で働いている人が、より能力を発揮してパフォーマンスを発揮するために必要である点では共通しています。
その人らしく知識やスキルや人脈などの強みや能力を余すことなく発揮するためには、いくらエンジンの馬力が強力でも、リミッターによる制限があったり、ブレーキを踏んだままであれば潜在力を発揮することはできません。つまりパフォーマンスの最大化は難しいということです。
心理的資本を自動車レースに例えている下記の記事もよろしければ参考になさってください。
2021.12.14
心理的資本って何?ということをF1レースに例えるなら。
人材の成長力やパフォーマンスに大きく影響する心理的資本について、分かりやすく教えてほしいという声をいただきます。今回はレーシングカー(F1のような)に例えてみたいと思います。入門編として自動車に興味がないという方も、よろしければご一読ください。...
「心理的資本」は、個々人の心のエネルギーで、目標達成に向かうエンジンなのですが、一方で「心理的安全性」は個々人が周りの環境・関係性をどのように感じ考えているかという点でも意味が異なります。
心理的資本=個人のやりとげる自信
心理的安全性=能力を発揮できる環境の評価
ということです。
直接的ではないものの、組織のメンバーひとりひとりの心理的資本は、組織の心理的安全性にもつながってくるでしょう。そして心理的安全性がある組織になることで、よりひとりひとりがパフォーマンスを発揮し、さらに心理的資本が高まっていく好循環が生まれていくことでしょう。
心理的資本と心理的安全性は異なるものですが、それらは相互に密接に関係しているものと言えそうです。
最後に1点、大切な共通点をあげるなら、心理的資本も心理的安全性も決して容易なものでもなく、決して甘くも無いということです。とても厳しく、自律が求められるものです。だからこそ、しっかり取り組むことで他社・他組織に簡単には真似できない強い組織づくりができるものと確信します。